ときどきサックスの日々

サックス所持歴20年、タンスの肥やし歴17.8年のベテラン初心者

忘れられた芥川賞作家 東峰夫 「オキナワの少年」

なぜこの本を読もうと思ったのかよく覚えていない。はじめて読んだのはたしかまだ十代だった頃のことだ。高校を中退してバイト生活をしていた当時、楽しみといえば町に何軒かある古本屋をまわって小説を漁るか、バッティングセンターでウサを晴らすかくらいであった。

東峰夫という作家の名は聞いたことがなかった。芥川賞作家というのも古本屋で本を手にしてはじめて知った。多分「オキナワの少年」というタイトルに惹かれたんだと思う。でなければ全く知らない作家の本など買う筈がないから。

文体は飾りげのない平易なものだったがセリフは沖縄の方言で書かれていて少し理解しづらいところもあった。しかしその方言の新鮮な感じが私を一気に作品世界に引き込み、あっという間に最後まで読ませてしまった。読後感は少し感傷的で爽やかなものであったと覚えている。

話の筋立てはタイトルどおり、12,3歳くらいの少年が主人公の物語である。具体的なストーリーは忘れたがその年頃の少年の多感な心情を綴った、他愛のないもの、と記憶していた。しかしラストシーンの甘酸っぱいつぶやきだけは月並みではあったが強く私の印象に残っていた。20数年ぶりに読み返してみようと思ったのはそのシーンをもう一度味わいたいがためでもあった。本はとうの昔に処分していて家になかったので図書館から借りた。しかし実際に読み始めてみると冒頭から読む前の期待とは違う展開であった。まばゆい太陽や、美しい海、思春期の芽生えは主題ではなく、物語はバラックを思わす混みあった街に住む少年が母親に無理やり起こされるところから始まった。   

 「あのよ、ミチコーたあひいたいつかめえたしがよ、ベッドが足らんくまっておるもん、つねよしがベッドいっとき貸らちょかんな? な? ほんの15分ぐらいやことよ」
 ええっ? と、ぼくはおどろかされたけれど、すぐに嫌な気持ちが胸に走って声をあげてしまった。
「べろやあ!」
 うちでアメリカ兵相手の飲屋をはじめたがために、ベッドを貸さなければならないこともあるとは・・・・・・思いもよらないことだったんだ。

のっけからこんな話だったかと虚をつかれる意外な展開だったがそれが作者が目の当たりにした、もしくは現に体験した、その当時の沖縄の現実だったのだろう。本書の芥川賞受賞が1971年だからおそらく60年代が舞台と思われる。もちろんアメリカ統治下の時代だ。貧しさからそういう商売をしなければならない境遇にありながら不思議と陰惨さはない。少年には現実をありのままに受け入れられる若さがあった。また主人公は家出を企てるが、そういった思春期にありがちな親の軛から逃れたいあまりの行動も理解できる。それも決してステレオタイプの、ティーン向けに書かれた子供だましの思春期の描き方ではなかった。しかし・・・。残念ながらこの年になってから読み返すと物足りなさを感じた。はっきり言えばアラが目立った。ラストシーンについてはそもそも私に勘違いがあった。これを甘酸っぱいと言ってよいのかどうか・・・。ついでながらそのシーンは続編の「島でのさようなら」の話だった。

本書が芥川賞を受賞したのは前述のとおり1971年、その翌年の72年が沖縄本土返還の年である。ちょうど世間の沖縄への関心が高かった時期なのだろう。この作品が受賞したのもそれとは無関係ではないように思う。もしかしたら、とは邪推だが下駄を履かせてもらった部分はあるのかもしれない。作者は受賞後、沖縄のことをもっと書けと度重なる催促を受けたという。しかし本人にその気はなかったようだ。むしろ反発を覚えて筆を断ってしまったという。その理由は続編の「島でのさようなら」を読めば何となく分かるような気がする。世間の関心は沖縄の不遇や苦悩にあるが作者としては沖縄の現実を本土の人に知ってもらいたいと願って筆を執ったのではないのだ。書きたかったのはもっと普遍的なこと、人は一生の間になにをなすべきなのか、とか、生きることの意味といったたぐいのことなのだ。それがただ舞台が沖縄だっただけのことだ。

その筆を折った作者がその後どんな人生を歩んだのかについては何年か前に新聞の記事になっていたのを見たことがある。筆を折ったというのもその記事で知った。建設現場で働いて生計を立てていたそうだ。受賞後、自ら文壇に背を向けた作者は建設作業員として糊口をしのぎつつ、いつか発表するつもりで小説は書き続けていたようだ。これは嬉しい話である。ぜひとも読んでみたい。沖縄のことは書かれてないかもしれないが、作者のその後の人生が垣間見れるような内容なのではないかと推測する。

いまはどこでなにをしているのだろう。もういい年のはずだ。奥書に著者の略歴がある。それによれば受賞当時、東は沖縄には居住しておらず東京の立川に住んでいたらしい。何故か住所まで書かれている。さすがに今はもうそこには住んでいないだろうが。しかしその当時はプライバシーという観念がなかったのだろうか。もう40年も前の話だ。30代で受賞した作者はいまはもう建設現場では働いていないだろう。自分のベッドをアメリカ兵相手の客商売に使われて困惑していた少年はすでに老人になっている。ではどこでなにをしているのか、ネットで調べればすぐわかるかも知れないがそんな野暮なことはしたくはない。作家と読者の関係はその作品を通じてだけで十分だと思うから。だからかつての沖縄の少年は本という形で僅かな痕跡を残し、読者の前からただ静かに去っていけばいいのだ。どこでなにをしていようが、今となっては、もはや・・・。