ときどきサックスの日々

サックス所持歴20年、タンスの肥やし歴17.8年のベテラン初心者

歴史好きでもまず読まない本。しかし名文

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」

タイトル通り、歴史好きでもまず読まない小説を紹介。

そもそも野呂邦暢という作家の名前を殆どの人は知らないんじゃないかとおもう。誰それ?、と思った人に説明しておくと一応芥川賞作家です。だから無名でも売れなかったわけでもないけど、作家としてこれからというときに亡くなったので今はもう世間的には殆ど忘れられているのが現状だろうとおもう。野呂は自身が自衛隊員であった若いころのことを綴った作品(「草のつるぎ」)で賞を受賞したが、私が紹介するのはその芥川賞受賞作ではなく、別の歴史小説

諫早菖蒲日記」、がそのタイトル。幕末、黒船来襲だの尊皇攘夷だのと慌ただしい時代時代のさなか、矢面に立たざるをえなかった長崎のすぐとなりの諫早が物語の舞台。f:id:hinakazuki:20150917182843j:plain

と、きけばさぞかし殺気立ったサムライ共の話だろう、と勘ぐられるかもしれないがさにあらず、主人公は諫早藩砲術指南役藤原作平太の娘、15歳になったばかりの志津。

言葉の風景画家と評された作者の美しい文体で綴られた志津の日常は一見穏やかで、静かに時が流れてゆくが、かといって世情と全く無関係ではない。難しい時代にありながら志津は15歳らしいみずみずしい感性で世の中を見つめ、向き合う。見事な情景描写で父藤原作平太の仕事ぶりや志津のほのかな慕情などの日常がさわやかに掻かれた小説です。

よく文芸評論家を名乗る人たちがおすすめの歴史小説を紹介することがあるが、この小説が選ばれることはまずない。読んでないんじゃないじゃないかと疑いたくなる。正直「樅の木は残った」とか「蝉しぐれ」とか「竜馬がゆく」はもうたくさんだ、と言いたい(司馬遼太郎は好きでほぼ全て読んでいるが)。そもそも「蝉しぐれ」を紹介するくらいなら「諫早菖蒲日記」のほうがずっと上だと断言できる。両者は雰囲気は似てなくもないが、「諫早菖蒲日記」に比べると「蝉しぐれ」は悪くはないけど平凡。「樅の木は残った」に至っては駄作だと思う。

この作家が早くなくなったのがつくづく残念でならない。もっと長生きして書き続けていれば大家となっていたろうに。すでに絶版になっていてなかなか手に入らないけれど読んで損はないはず。