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ときどきサックスの日々

サックス所持歴20年、タンスの肥やし歴17.8年のベテラン初心者

ま、ま、まさかのご本人登場!

以前ブログの記事でこんなことを書いた。

20年位前に読んで鮮烈な印象が残った一冊なのだがこの作家がそれ以降どこで何をしているのか、生きているのか死んでいるのかもわからない、なんてことを書いた。書いてしまった。

それが今朝、わたしのこの放ったらかしブログを久々にチェックしてみたら誰かが読者になっているではないか。どんな人だろうと何気なくクリックして見て一瞬で目が覚めた。

えー、この驚きを言葉にするのは無理です。ああ、余計なことを書いてしまった。まさかご本人だなんて・・・。変な記事書く前にちゃんとググッておくべきだった。生きているのか死んでいるのかもわからないなんて・・・。

それにしてもずっと昔の、どこか遠くに住む決して交わることのない人、といった印象だった作家がまさか同じはてなブログをやっていたなんて想像だにしなかった(しかもわたしのブログの読者になっているいう不思議)。

何はともあれ、東峰夫氏はご健在で(大変失礼しました)今も小説を執筆中だそうです。とても嬉しいです。さっそく読んでみます。アマゾンで見つかるかな。

 

 

日本はワンストライク・アウトの社会

オリンピックにでるはずだったバトミントンの選手が闇カジノにハマって逮捕?されたとかでオリンピックの出場権を剥奪されたというニュースがあった。
わたしはニュースはほとんど記事を読まないでヘッドラインをさっと眺めるだけなので詳しいことは知らないが、その選手は会社をクビになったとか、競技団体のお偉いさんが泣いていたとかいう話を聞いた。正直、おおげさな、というのが素直な感想だ。
その選手のしたことは違法なのだろう。だから何らかの罰が下るのは理にかなったことなのだろう。それは分かる。しかしオリンピックから追放し、会社までクビにする必要まであったのか。そこまでしてこの先この選手にどうさせたいのだろう。競技を続けるのはもちろん仕事を見つけるのも難しくなるのではないか。そこまで追い詰める理由がわからない。お偉いさんも泣く必要はあるまい。
そもそも賭博罪なんて被害者のいない犯罪だ。賭博は良くないというのはわかるが(私自身ギャンブルはないほうがいいと思っている)、しかし一方で競輪競馬の公営ギャンブルや宝くじ、Jリーグのトトは許されている。賭博罪なんてそんなものだ。何が何でも絶対にダメ、というわけではなくて立法府のさじ加減ひとつで違法にも合法にもなるような曖昧なものだ(政治家と業者の癒着とはっきりいうべきか、少なくともパチンコは警察と業者の癒着があるんだろうな)。
話がそれた。
ともかくこの選手は法に反した以上、法によって裁かれるだろう。それは致し方ないことだ。賭博罪という犯罪類型に疑問の余地がないことはないがそれなりにそれを支える社会的背景があるのだから。ただ選手が所属していた会社や競技団体の制裁はほんとうに必要なのか、と感じる。法に反した点については法に任せておけばよい。会社、団体としてもなんらかの制裁を加えなければならないのなら、もっと他の穏便な、前向きな方法もあったのではないか。たとえば子供向けのバトミントン教室みたいな社会奉仕活動をさせるとかでも良かったのでは。
その選手は競技を諦めてしまうかもしれない。そうなれば選手のみならず、会社、バトミントン界が得るものは何もない。もちろん多くの日本人にとってもオリンピックでメダルをとれるかもしれない選手を失うのだから楽しみがひとつ減るだけだ。しかし、罰を与えた人たちはそれでもいいと考えたのかもしれない。世間から非難轟々の選手をかばって巻き添え食ってはかなわない、さっさとあいつを処分してしまえ、と。穿ち過ぎかもしれないがそこに保身のにおいを嗅いだのはわたしだけか。
最近は芸能人やら政治家やらがスキャンダルをおこして追放されたようだが、この手の社会的責任の取らせ方はすこし厳しすぎるのではないかとおもう(まあ、政治家の方は社会的道義的責任では済まされないのかもしれないが)。いったん何かヘマをしたら即追放、そして全てを奪ってしまうという社会は息苦しい。そうではなくてセカンドチャンスを与えることで本人を立ち直らせ、同時に社会にも何らかの形で利益をもたらせさせるほうがよっぽど賢明ではないか。

プリソーナス DTMセット AudioBox iTwo STUDIO がだいぶ安くなってきたので買ってみた

Studio One 3 Prime

アマソンでずっとチェックしていたプリソーナス DTMセット AudioBox iTwo STUDIO がだいぶ安くなってきた。しばらくのあいだ値動きがなかったので(正確に言うと最安値よりほんの少し高くなった)これ以上は待っても無駄だろうと購入を決意。2万2千円台。

しかし、むむ、中古で19,093 円というのがあるじゃないか。昨日まではなかったのに。念のためにチェック。なになに、新品未開封だが箱にキズあり。ふ~ん、なるほど。でも箱に問題があっても中身に問題がなければ自分は少しも気にならない。どうせ箱なんてすぐに捨てるんだから。しかも発送がアマゾンだから送料も無料。こりゃラッキーかもしれん、とすぐに購入。若干不安もあるが・・・。そして届いたのがコレ。 f:id:hinakazuki:20160208215057j:plainなるほど、たしかに大きくTの字型にカッターナイフで切り裂いたような跡が。コレが理由で返品されたんだな。中までいってないよな、外だけだよな、と心配しながら開封。

f:id:hinakazuki:20160208215201j:plainおお、内側はなんともなってないじゃないか、良かった。

ここには写っていないがこの英語の保証書の下に日本語で書かれた60ページほどのマニュアルもある。

f:id:hinakazuki:20160208215402j:plainオーディオインターフェース。ちょうど辞書くらいの大きさ。意外に軽い。色も綺麗だし安っぽい感じもない。もちろん傷もない。

f:id:hinakazuki:20160208215230j:plainオーディオインターフェースの下にはこんなふうにマイクとヘッドホンの別々に収納されている。結構厳重だな。

f:id:hinakazuki:20160208215541j:plainマイク。ちゃんと専用のケース(合皮だが)も付いている。見た目はプラスチックで軽そうだが意外に重い。マイクスタンドはついてないので必要な人は別途購入を。

f:id:hinakazuki:20160208215857j:plainヘッドホン。ケーブルは取り外し不可。気をつけないとすぐに痛めそう。装着感はそんなにきつくない、長時間使っていても負担は少なそうだ。

f:id:hinakazuki:20160208215949j:plainさっそくPCにセッティングしてみた。

インターフェースをPCに接続するとすぐにドライバーのダウンロードが始まると説明書に書いてあったがなぜか失敗。何度かUSBを挿し直したりPCを再起動させたりしたが上手くいかなかった。結局最後はプレサナスのホームページから直接ダウンロードすることに。ただホームページからだとあらかじめシリアルナンバーを登録したりとかしなければならないのでめんどくさい。まあ、どのみちStudio Oneのソフトを使うなら登録は必要なのでセッティングより先にやっておくべき。

Studio Oneを起動させてちょっとだけ使ってみたがヘッドホンの音も良さそうだし、マイクもすぐに使えた。アマゾンのレビューでマイクの設定がよくわからないという人がいたがインターフェースに挿すだけで問題なかった。マイクは特別な設定は必要なさそうなので他に原因があるんじゃないかな。もしかしたらPCのサウンド設定とか。

さあ、では近々スタジオ行って録音してきますか、しかしその前にもっとサックスの練習しなけりゃなあ・・・。

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「SOS,SOS」「どうしました? 遭難ですか?」「そうなんです」

その他

なんて馬鹿なことを言いたくなるくらいすごいことになってる。f:id:hinakazuki:20160118080229j:plain夜が明ける前。これを見てこれが東京にある公園で撮影した写真と気づく人はいないのではないか。

f:id:hinakazuki:20160118080536j:plain一応ここには足元に山道がある。雪に隠れてほとんど見えない。登ってくる途中何度も滑った。

f:id:hinakazuki:20160118081459j:plainここは少し公園らしい写真になったが靴が隠れるくらい雪が積もっていて歩きづらかった。

f:id:hinakazuki:20160118080403j:plain舗装されてはいないがこれでも一応道の上を歩いている。振り返って撮ったらこんな感じだった。

f:id:hinakazuki:20160118080654j:plainこの木々の向こうに住宅街があるのがお分かりいただけるだろうか。

f:id:hinakazuki:20160118082102j:plainもうどう見ても雪山。もし自分がこれらの写真にSOSのメッセージだけ残して行方をくらましたら警察はすぐに捜索隊を組織して出動させるでしょうね。東京の公園に。

 

忘れられた芥川賞作家 東峰夫 「オキナワの少年」

なぜこの本を読もうと思ったのかよく覚えていない。はじめて読んだのはたしかまだ十代だった頃のことだ。高校を中退してバイト生活をしていた当時、楽しみといえば町に何軒かある古本屋をまわって小説を漁るか、バッティングセンターでウサを晴らすかくらいであった。

東峰夫という作家の名は聞いたことがなかった。芥川賞作家というのも古本屋で本を手にしてはじめて知った。多分「オキナワの少年」というタイトルに惹かれたんだと思う。でなければ全く知らない作家の本など買う筈がないから。

文体は飾りげのない平易なものだったがセリフは沖縄の方言で書かれていて少し理解しづらいところもあった。しかしその方言の新鮮な感じが私を一気に作品世界に引き込み、あっという間に最後まで読ませてしまった。読後感は少し感傷的で爽やかなものであったと覚えている。

話の筋立てはタイトルどおり、12,3歳くらいの少年が主人公の物語である。具体的なストーリーは忘れたがその年頃の少年の多感な心情を綴った、他愛のないもの、と記憶していた。しかしラストシーンの甘酸っぱいつぶやきだけは月並みではあったが強く私の印象に残っていた。20数年ぶりに読み返してみようと思ったのはそのシーンをもう一度味わいたいがためでもあった。本はとうの昔に処分していて家になかったので図書館から借りた。しかし実際に読み始めてみると冒頭から読む前の期待とは違う展開であった。まばゆい太陽や、美しい海、思春期の芽生えは主題ではなく、物語はバラックを思わす混みあった街に住む少年が母親に無理やり起こされるところから始まった。   

 「あのよ、ミチコーたあひいたいつかめえたしがよ、ベッドが足らんくまっておるもん、つねよしがベッドいっとき貸らちょかんな? な? ほんの15分ぐらいやことよ」
 ええっ? と、ぼくはおどろかされたけれど、すぐに嫌な気持ちが胸に走って声をあげてしまった。
「べろやあ!」
 うちでアメリカ兵相手の飲屋をはじめたがために、ベッドを貸さなければならないこともあるとは・・・・・・思いもよらないことだったんだ。

のっけからこんな話だったかと虚をつかれる意外な展開だったがそれが作者が目の当たりにした、もしくは現に体験した、その当時の沖縄の現実だったのだろう。本書の芥川賞受賞が1971年だからおそらく60年代が舞台と思われる。もちろんアメリカ統治下の時代だ。貧しさからそういう商売をしなければならない境遇にありながら不思議と陰惨さはない。少年には現実をありのままに受け入れられる若さがあった。また主人公は家出を企てるが、そういった思春期にありがちな親の軛から逃れたいあまりの行動も理解できる。それも決してステレオタイプの、ティーン向けに書かれた子供だましの思春期の描き方ではなかった。しかし・・・。残念ながらこの年になってから読み返すと物足りなさを感じた。はっきり言えばアラが目立った。ラストシーンについてはそもそも私に勘違いがあった。これを甘酸っぱいと言ってよいのかどうか・・・。ついでながらそのシーンは続編の「島でのさようなら」の話だった。

本書が芥川賞を受賞したのは前述のとおり1971年、その翌年の72年が沖縄本土返還の年である。ちょうど世間の沖縄への関心が高かった時期なのだろう。この作品が受賞したのもそれとは無関係ではないように思う。もしかしたら、とは邪推だが下駄を履かせてもらった部分はあるのかもしれない。作者は受賞後、沖縄のことをもっと書けと度重なる催促を受けたという。しかし本人にその気はなかったようだ。むしろ反発を覚えて筆を断ってしまったという。その理由は続編の「島でのさようなら」を読めば何となく分かるような気がする。世間の関心は沖縄の不遇や苦悩にあるが作者としては沖縄の現実を本土の人に知ってもらいたいと願って筆を執ったのではないのだ。書きたかったのはもっと普遍的なこと、人は一生の間になにをなすべきなのか、とか、生きることの意味といったたぐいのことなのだ。それがただ舞台が沖縄だっただけのことだ。

その筆を折った作者がその後どんな人生を歩んだのかについては何年か前に新聞の記事になっていたのを見たことがある。筆を折ったというのもその記事で知った。建設現場で働いて生計を立てていたそうだ。受賞後、自ら文壇に背を向けた作者は建設作業員として糊口をしのぎつつ、いつか発表するつもりで小説は書き続けていたようだ。これは嬉しい話である。ぜひとも読んでみたい。沖縄のことは書かれてないかもしれないが、作者のその後の人生が垣間見れるような内容なのではないかと推測する。

いまはどこでなにをしているのだろう。もういい年のはずだ。奥書に著者の略歴がある。それによれば受賞当時、東は沖縄には居住しておらず東京の立川に住んでいたらしい。何故か住所まで書かれている。さすがに今はもうそこには住んでいないだろうが。しかしその当時はプライバシーという観念がなかったのだろうか。もう40年も前の話だ。30代で受賞した作者はいまはもう建設現場では働いていないだろう。自分のベッドをアメリカ兵相手の客商売に使われて困惑していた少年はすでに老人になっている。ではどこでなにをしているのか、ネットで調べればすぐわかるかも知れないがそんな野暮なことはしたくはない。作家と読者の関係はその作品を通じてだけで十分だと思うから。だからかつての沖縄の少年は本という形で僅かな痕跡を残し、読者の前からただ静かに去っていけばいいのだ。どこでなにをしていようが、今となっては、もはや・・・。

 

大阪市のヘイトスピーチ禁止条例は表現の自由の侵害なのか

その他

大阪市議会でヘイトスピーチを禁止した条例が1月15日、成立したというニュースがあった。特定の人種や民族への差別的な表現活動を禁止したものだ。違反した者は名前を公表されることになるという。

ニュース映像で見たのだがこの条例が採決される際、傍聴席からボールを投げ入れた男がいた。男は警備員に制止され、連れだされる途中(後に逮捕)「表現の自由を守れ、表現の自由を守れ」と叫んでいたがこの男の言い分は正しいのだろうか。果たして本条例は表現の自由を侵害して違憲なのだろうか。私は法律の専門家ではないが、昔ちょっとかじったことはある(試験は通らなかったが)。それもあって無関心ではいられなかった。それに昨今の表現の自由に関する世間でまかり通っている言説には少し首を傾げたくなることが多かった。背景に憲法に対する不十分な理解、もしかしたら意図的な曲解があるのではないかとすら感じられることもある。そこで表現の自由とは一体何なのか、果たして大阪市の条例は表現の自由との間でどのような問題があるのか、私なりの理解について僭越ながら披露してみたい。


1 表現の自由の法的性格

そもそも表現の自由とはなんだろう。憲法21条は以下のように定めている。

第21条1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

「一切の表現の自由」を「保障する」、と規定している(絶対無制約)。例外を認めていない。なぜ「一切の」、とこのような強い表現が使われているのだろうか。それを理解するためにまず現憲法の前の憲法、すなわち大日本帝国憲法明治憲法)のそれと比較してみたい。

大日本帝国憲法第29 条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス(法律の留保)

明治憲法では「法律の範囲内のおいて」と限定を加えている。「一切の」とはしていない。これはつまり法律によって表現の自由(ここでは言論の自由)を制限することができることを意味する。こういう規定の仕方を法律の留保と呼ぶが、これははっきり言ってしまえば法律を作りさえすれば表現の自由を侵害しても構わない、と言っているのと変わらない。これは法律の留保の悪い意味の許されない解釈である。本来は法律によらなければ国民の権利を侵害してはならない、と行政権の乱用を抑制する原理と解さなければならないものである。話が若干ずれた。

法律の留保が規定されていた明治憲法下でなにが起こったかは多くの言辞を要しないだろう。治安維持法など国民の諸権利を制約する法律の制定により数多くの弾圧が行われ、戦争に突き進んでいった暗い歴史があることは論を俟たない。

戦前、戦中の反省から現憲法は法律の留保を否定し、表現の自由を絶対無制約とした。決して犯してはならない権利としたのである。今の日本で戦前のようなことが置きないのも、どこかの国のように政府批判をしたら投獄された、行方不明になった、などということが起こらないのも「一切の表現の自由」を保障しているからに他ならない(それが全ての理由ではないが)。

では、表現の自由が絶対無制約だとすると前記のボールを投げた男の言っていること、「表現の自由を守れ」は正しいのではないか。つまり大阪市の条例は表現活動を行った者の氏名を公表するという形で表現の自由に制約を加えていると言え、憲法21条に反するのではないか。

 
2 被害者の人権

しかしここでひとつ検討しなければならない問題がある。被害者側の権利である。
ヘイトスピーチは自分の意見を表明するという側面のみならず、一方でそれにより被害者が精神的に傷つき、場合によってはそれが暴力沙汰に発展する恐れがあるという側面を持つという点に問題がある。こういう被害者を守る手立てを憲法は用意していないのだろうか。人が人として当たり前の日常を送るうえで誰からもおびやかされることなく、安心して生きていく手立て、である。

憲法は13条で幸福追求権の一環として人格権を保障していると考えられる。その内容は、「主として生命、身体、健康、自由、名誉、プライバシーなどの人格的属性を対象としその自由な発展のために第三者による侵害に対し保護されなければならない諸利益の総体」だそうだ。一言で言えば人が人として尊厳を持って生きる権利である。この人格権はヘイトスピーチの防波堤にならないのだろうか。

 
3 表現の自由と人格権の利益衡量

繰り返すようだが憲法21条(表現の自由)は「一切の」表現を保障している。しかしこれは国民の権利が国家により侵害されたという歴史に鑑み、特に対国家との関係でそのように規定しているにすぎない。個人対個人の権利が衝突した場合に常に表現の自由が優越することを意味しているのではない。

つまり表現の自由は「一切の」と表現の自由の絶対無制約を謳っておきながらその実、一定の制約が許されることが当然に予定されているのである。わかりやすく言ってしまうと、表現の自由は絶対に守られなければならない、しかし絶対ではない、ということになる。これは前述のようにその表現が国家に対して発せられたものなのか、それとも個人に対してなのかの違いによる。

ちょっとずれるが例をあげてみる。例えば深夜に住宅街でマイクでがなりたてて演説を始めたらどうなるだろう。安眠妨害で訴えられるに違いない。そこはやはり他人の迷惑を考えろ、という話になるに決まってる。だれかがどこかの会社の商品についてあそこの缶詰には禁止されている劇物が使われていると嘘をついたらどうなるだろう。営業妨害で訴えられるに違いない。その他人の迷惑(他人の権利)への配慮、つまり表現の自由と他人の権利の衝突を調整をしなければならない。そうなれば必然的に何でもかんでも表現の自由だとはいえなくなるだろう。そのことを人権相互の矛盾衝突を調整する実質的衡平の原理としての内在的制約といったりする。


4 ヘイトスピーチは許されない

内在的制約説とは難しい言葉だが、とどのつまり、どんな権利だって他の人の権利までは侵害できないだろう、といった程度のことである。権利同士が衝突したときにその調整をするのである。これを前提にもう一度大阪市の条例について考えてみる。

ボール男は表現の自由と言った。差別的発言も表現の自由で保障されている、ということだろう。表現の自由が絶対的な完全無欠の保障であれば差別的発言も保障されなければならない。しかし一方で被害者側にも人格権がある。人として尊厳を持って生きる権利である。人は豚ではない。餌さえ貰えればその余のことは甘受するというわけにはいかない。それが尊厳というものである。この人格権と表現の自由とのあいだに矛盾衝突が生じた場合どのように対処すべきなのか。表現の自由も人格権と同様尊いものとはいえ、差別的発言は、国家に対して自分の意見をいう場合と違い、他人の尊厳(人格権)を傷つけるものである。どうして無条件に表現の自由の価値が人格権の価値を上回るといえよう。

また、自身の尊厳を否定する言論に対し、対抗言論(モアスピーチ)を用いれば良いという意見もあるが、尊厳を否定する言論がなされた時点ですでに人格権は侵害されているのであり、そもそも対抗言論で回復できるような性質のものでもない。

現実にはこの表現の自由と人格権との調整は侮辱罪や名誉毀損罪という形で現に存在している。他人の名誉を侵害すれば罪になるのである。どのような発言も許されるというわけではない。侮辱罪や名誉毀損罪と大阪市の条例との違いは被害者が個人なのか一定の集団なのかという違いがあるが、もし差別的発言が表現の自由として許されるというのならこれらの法律が存在しているはずがない。
 
ヘイトスピーチ禁止条例は成立した。被害者の人格権を保護する趣旨の本条例は運用のあり方についてはまた議論があるのかもしれない。条例の実施主体は市長、審査会という行政機関であり、違反者と指定された者とは裁判になるだろう。しかしともかく一歩前進したことを歓迎したい。個人に対する差別的発言は許されないが集団に対してなら許されるというわけのわからない状況は改善されてほしいものだ。いや、改善されなければならない、とつくづく思う。

少しはサックス上達したかな、年末編。年のはじめの録音と比較してみた。

サックス

年の終わりに4ヶ月ぶりのスタジオ練習。けっきょく今年一年で7回しかスタジオに行けなかった。今年こそサックス吹けるようになるぞ、と意気込んでいたのは何だったのか。

4ヶ月ぶりとあいだが開いたのはちょっと理由がある。それは後で触れるとして。ともかく。

やっとスタジオに行けた。一応録音してみた。今年のはじめ、2月に同じ曲を試しに携帯録ってみたのと比べると若干上達はしている。ケニーGの「Innocence」。年末のあわただしいこの時期にこそふさわしい、心を落ち着かせてくれるいい曲だが、自分が思い描いたのとは程遠い出来になった。聴いていてストレスがたまりそうだ。少しずつでも練習を重ねるしかないだろう。

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これが昨日録音したもの。下が今年のはじめに録ったもの。レコーダーがなかったのでケータイで録音。意外とケータイでも音圧に負けずに録音出来てるのに驚かされる。

前回から4ヶ月も間が空いてしまったのは暑い夏が終わり、急に気温が下がったのが原因。季節の変わり目にアトピーが悪化するのは毎年のことだが、それは大抵冬から春にかけてのことで夏から秋は記憶に無い。事実、去年の秋冬は快適に過ごせた(3月ころには悪化したが)。前回「さよなら夏の日」を録音したときは上手くいかずにすぐにでも再チャレンジ、と思っていた。が、9月に入り早々、手に平に水疱ができたのをきっかけにしてすぐに全身に症状が出てしまい、それどころではなくなった。顔だけはなんともなかったのだが腕、腹など今まであまり問題が生じなかった箇所にも患部が広がり、特に下半身がひどくなった。薬は普段使っているプロペトとメサデルムの混淆では全く歯が立たず、プロペトとアンテベートの混淆に変えてもらったがこれもあまり効き目を感じることができなかった。医者には入院も勧められたが同じ薬を使うだけなら無駄だろうし、入院費用もばかにならないので断った。しかしなんとかしなければならない。基本的にはアトピーはアレルギー反応なので免疫に関係のある腸内環境の改善を図るべきなのでは、と思いたち、乳酸菌のサプリを摂取してみた。プロバイオテクスというらしい。ちょうどその頃は軟便気味でしかもなぜか肛門が腫れているようだった。切れてもいたようだ。そういうこともあって乳酸菌に手を伸ばしたのだがこれも効き目はどうだったろう。症状が快方に向かっているときに飲み始めたので効果の程はよくわからなかった。

16年は体調を崩さずに一年を過ごせたら、と願う。